天津神社(花見川区長作町)

2020/07/04(土)撮影

子安神社は、花見川区畑町にある神社です。

船橋方面に用事があり、クルマで外出。どこかの神社に立ち寄ろうと、花見川区で神社をWeb検索したところ、雰囲気がよさそうな神社があったので、参拝させていただきました。

検見川東大グランドから住宅地に入って、5分ほど。神社のすぐギリギリのところに高速道路が走っています。神社を避けて通したんだろうなあという立地がいいですね。
境内には古墳(子安古墳)があり、このあたりに古墳時代当時の大王がいたことがうかがえます。

子安神社の名の通り、安産・子育てにご神徳がある神社です。子安神社というと、コノハナサクヤ姫が祭神であることが多いようですが、ここの祭神は奇稲田姫命(くし なだ ひめの みこと)でした。スサノオの妻神です。近くには、スサノオを祭神とした検見川神社もありますが、出雲系の影響を受けたものでしょうか。

ご由緒によると、延暦年間、桓武天皇のころ、この辺りを支配する豪族が作った古墳の山をご神体として、五穀豊穣の神さまを祀ったのが創建だとのこと。
で、それがいつ頃かというと、ご由緒には「1199年前」とあります。
・・・いつから数えて?(苦笑)
神社にあったご由緒の立て札自体がいつ書かれたものか、撮った写真では分からなかったので、他の部分の記載を参考にすると、享保12年(1727年)の出来事が「268年前」とあったので、おそらくこのご由緒は1995年に書かれたものと思われます。そうすると、こちらの神社の創建は796年の計算になります。
その後、延喜年間、醍醐天皇のころ、奇稲田姫命を勧請し、祀ったと書かれていました。こちらは913年の計算になります。

最近、千葉市郷土博物館で仕入れたばかりの本にも、こちらの子安神社の記載がありました。

子安神社は畑町に分布する古墳群(現在はほとんど消滅した)の中心的存在である大きな円墳の前に社殿が建立されていることから、古くはこの辺一帯を支配する古代豪族の墳墓を神体として祀ったが、後世農業神に転化し、社殿を建てて稲田姫命を奉斎するようになり、馬加氏の本拠幕張町の素加神社(子守神社の旧名)、武石町の三代王神社とともに、これまた馬加氏の尊崇を受けて有力となり、いつの頃からか二宮神社を父君、子安神社を配偶者、三代王神社を乳母、素加神社を子守、他の六社を一族郎党にみたてて大祭を催し、領内の人々の政治的宗教的団結の情熱をかためたものであろう。

千葉市歴史散歩 p.114〜115 五一 三山の祭(一)

古くからある神社であることが書かれているのとともに、この記載のおかげで、この神社には「三山の祭」というお祭りがあることがわかりました。そちらは別ページにまとめます。 → 下総三山の七年祭り

思いつきで訪れたので、着いたときは夕方で、社務所も閉じていました。ガラス越しに見ると、お守りやご朱印も豊富でした。おみくじを引いたら中吉でした。


基本情報

神社名 子安神社(こやす じんじゃ)
住所 千葉市花見川区畑町2093
祭神 奇稲田姫命(くしなだ ひめのみこと)
創建 推定796年(桓武天皇の御代、延暦年間)
ご利益 子授 安産守護 子育 縁結び
Wiki神社 なし
Wiki祭神 クシナダヒメ
公式サイト 見当たらず
祭・神楽 湯立祭(2/28) 例祭(10/17) 下総三山の七年祭り(丑年と未年の11月)
関連神社 なし
備考 旧村社 御岩田帯皇室御献上之宮 別名:畑子安神社